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オウムを内部から撮ったドキュメンタリー。価値観変わりますよ。
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いろいろな人たち
最近アニメ版の「らき☆すた」を見ていて
「いろいろな人たち」というタイトルがあった。
話の内容ではなくタイトルにインスパイアされたので
なんとなく最近考えていたことを書いてみる。



僕の周りにはいろいろな人たちがいる。
音楽をやっている人だけを見ても
ポップス、ロック、JAZZ、デスメタルなど
いろんな種類の人がいる。
詩を書く人、文章を書く人、写真を撮る人なんかもいる。
ハロプロヲタ、アニヲタ、声優ヲタ、ゲーヲタなど
ヲタク属性の人たちもたくさんいる。
ビジネスマン、ゲームクリエイター、
WEBデザイナー、フリーターなど
働いている人の職業もいろいろ。
エホバの商人や創価学会など
宗教を信仰している人もいれば
スピリチュアルの世界に没頭している人もいる。
同性愛者もいるし
心を病んで苦しみながら治療を受ける人もいる。

そういういろいろな人たちとコミュニケーションを取る中で
体験的に感じていることがあって
それは「この人は〜な人だから」という先入観を捨てて
なるべくニュートラルに触れ合ってみると
みんな「1人の人間だ」ということ。
それぞれに大切な部分があって
その点で意見が合わないことがあったとしても
お互いに自分の意見を押し付けることなく
差異を認め合うことが出来れば
「1人の人間」と「1人の人間」として
良好な関係を築くことが出来る。
きっと争いは「境界」から生まれるんだと思う。

集団と集団の「境界」に発生する摩擦は
個人ではなかなか対応が難しいものが多いけど
例えば「A2」というドキュメンタリー映画にあった
地下鉄サリン事件後のオウム真理教排斥の世論の中で
オウム信者とオウムの施設を監視する地域住民の間に
時間経過と共に交友が生まれていった事例のように
集団から離れて個人と個人として向き合うことが出来れば
お互いの思想は理解出来なくても
お互いの存在を認め合うことが出来るようになるんじゃないかな。



というようなことを思ったりした。
| いろんなことに対する自分の考え | 22:22 | comments(2) | trackbacks(0) |
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子供(や、ペット)は、家人のことを、
ヒト>家族>お父さん・お母さん と見るんじゃなくて、
お父さん(という存在)・お母さん(という存在)・(兄)という独立した存在 というように区別するようです。(当たり前っちゃ当たり前か)
そういえば私もその感覚で見分けていましたが、そうやっていくと広い世界(家族以外の大勢の人間と接する世界)(学校とか会社とか。)で受けるストレスが強くなりすぎたような気がします。(それぞれの人が持っている性質を、一言でいうと100%受け入れるのがとてもしんどい。自分と、自分以外のものを、区別しなくてはならない時が来る)
(無限に広がり続ける世界の中で、自立した自我を持って自分と世界との区切りをつけることは、限られた時間とエネルギーしか持ち合わせない私達には不可欠なように思う)

ヒトの無意識は3〜4歳以前の幼児期に形成されるらしいと話した気がするけど、それってつまり何も無いマッサラの状態の中に、母親の姿があって、それをどんどん吸収していくから、ということのような気がするけど、
文末のオウムのくだりだと、多少マッサラじゃない部分はあっても、ヒトとヒトとして、先述の母と子に似た状態で向き合うことができたから、ということなんじゃないか、と思いました。
ちゃんと勉強してないから分かりやすい言葉で説明できんで、ゴメン。


んで、結局私も
ヒト>家族>父・母・兄 とか
ヒト>子供>クラスメイト>〇〇ちゃん とか
言うみたいに考えるようになった気がする。

余談ですが先日地下鉄の掲示板でこんなん見つけました。EMDRの講座があるんだそうで、申し込んでおきました。マスターした暁には是非のいず君を実験台に・・・(笑)
生江人権文化センター↓
http://www.ikue-hra.com/
トラウマからの開放↓
http://www.ikue-hra.com/ikue/ibent/trauma.htm
| 西本 | 2009/04/15 9:43 AM |
>西本
そうなんか。
僕は逆にその人を属性抜きで見るようになって
なんとなく楽になったけどなぁ。
その人の全部を知ることなんて出来ないから
自分から見えてるとこだけしか分からんけど。

オウムの人たちの映像を見てて思ったのは
世の中のことを知らないから
ある意味では「まっさら」な人たちなんやなってことで
そういう意味では西本さんの考察は
当たってる部分もあるんじゃないかなぁと思えました。


実験台にされるのを楽しみにしてます(笑)。
| のいず | 2009/04/20 7:44 PM |









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